2014.1.17
立命館大学新聞社 是枝裕和・産業社会学部客員教授インタビュー@衣笠・以学館
(取材日:2013年12月12日)
インタビュアー:立命館大学新聞社(阪田裕介、川上奈央、大谷健太)
映画『誰も知らない』(2004)、『そして父になる』(2013)、連ドラ『ゴーイング マイ ホーム』(2012,KTV/CX)など映画監督・テレビディレクターなどとして世界的に評価を受ける是枝裕和・客員教授。今回のインタビューではご自身の学生時代や先生の担当される授業のこと、そして映画や映像についてなどたっぷりお聞かせいただいた。本紙2014年1月号の紙面から大幅に加筆した内容となっている。
なお今回の取材において多大なるご協力をいただいた、産業社会学部事務室・金剛理恵さんに心から感謝いたします。 (文・阪田裕介)
<最初は「脚本」から>
――(川上):本日はお忙しい中、ありがとうございます。
まず映像・映画の世界に入るきっかけは何だったのでしょうか。
(是枝):映像だなと思い始めたのは、大学に入ってすぐですね。入ってすぐ、大学には行かなくなってしまったんです。
大学の周りの映画館で、映画を見る日々が始まったのですがそこで出会った映画ですね。特に印象に残っているのはイタリアのフェデリコ・フェリーニ(1920-1993)監督の「道」(1954)と「カビリアの夜」(1957)の2本立てを早稲田のそばの映画館で見て、なんだか非常に衝撃的だったんだよね。それでその監督の作品をまず全部観ようと思って全部観たのがきっかけで、監督を追い始めたんだよなあ。19とか20歳のころですね。
(阪田):学生時代に2,3千本は観られたと聞いたことがあるのですが。
(是枝):3千本は観てないかなあ。ただ周りで観ているやつはいました。
映画を勉強してみようと思ったんだけど、早稲田には映画の授業が2つぐらいしかなかったんです。当時東京で評判だった立教大学の蓮實 重彦(1936-、元東大総長)先生という映画の評論などをやっているフランス文学の先生が、どうやら面白い授業をやっているらしいというんですね。もう大学1年の時からその授業に行きはじめました。
確かその蓮實さんが、3000本と観なさいって言っていたんだよね。3000本観ると見方が変わるというようなことを言っていて、みんな一生懸命3000本観るぞって頑張っていたんだけど。でも4年間で3000本ってね。1日2本観ないといけないよね。
だけど大体、年に300とか400は観ていましたね。毎日1本ずつぐらいは観ていたんじゃないですか。
(川上):映画を見尽くしているうちになぜ、自分が映画を撮りたいと転換していったのですか。
(是枝):最初は脚本ですね。もともとは小説を書こうと大学には行ったので。
文学部の文芸学科というところを目指していたんですが。ゆえに「あ、脚本が面白いかもしれない」と思って、いろんな脚本を読んで、1年間くらい脚本の学校にも通ったんだよね。つまり小説から脚本にまず移行しようと。脚本から映画に近づこうかなと思ったんだけど、卒業してすぐにものを書いて生活が成り立つわけもなく、ひとまず映像の現場に入ってみようかという。だからまだその段階で明確に、監督になろうって覚悟があったわけじゃないです。
<継続的に通ったほうがお互いのためになると思った>
――(大谷):是枝先生は、お住まいの東京から京都の立命館まで距離があると思うのですが、なぜこちらで教えていただけているのでしょうか。
(是枝):それには明快な理由があります。もう亡くなったのですが、ドキュメンタリーの監督の佐藤 真(1957-2007)さんがかつて京都造形芸術大学で授業を持っていて、それで僕をゲスト講師で呼んでくれたの。そこで対談をしながら僕のテレビのドキュメンタリーを見せて話す、というような授業を確か2日間くらいやって頂いたときに、それを立命館の当時の学部長だった佐藤春吉(産業社会学部/現代社会学科・教授)さんが聞きに来ていて、「こういうのうちでもやってくれないかな」って言われたの。
それで「秋の京都はいいですよ」みたいなことを言われ(笑)。もともと教えるのは嫌いではなかったので、呼ばれれば行って教えていたんだけれども、例えばゲストで行って2時間教えただけだと、学生の名前も顔もわからないまま帰ってくるというのが多くて。どうせやるんだったら継続的に通って、半年とまでは言わないまでも、3,4か月はきちっとやったほうが多分お互いのためだなと思っていたから、まあいいチャンスだなと思って。それに電車は嫌いではないので(笑)。ちょうどいい距離なんですよ、東京を離れて2時間半というのは。
<「映像の見方」をどう育てていくか>
――(大谷):授業では「テレビ」をテーマにされているということですが。
(是枝):それはぼくが「テレビの人だから」。「出所が」って感じだね。テレビから関わり始めて、テレビで育ててもらったので。テレビに恩があるなって感じです。
(大谷):その授業で学生に得てほしいことは何でしょうか。
(是枝):「テレビの見方」をどう育てていくかという「リテラシー」をやろうと思っています。要するに「つくり手を育てる」というよりは「テレビをどう読み解いていくか」、「映像の読み取り方」というのかな、それを身に着けてほしいなという気持ちでやっています。
(大谷):講義をしていて先生が「得ていること」は何かありますか。
(是枝):得ていること、ありますよ。学生に自分の考えなり、自分の感想なりをわかりやすく語るということは、自分自身で理解するという非常に重要なことなんですよ。自分がいかに分かっていなかったかということに気づくし、自分がそのことを語る言葉を持っていないということにも気づくから。
<「徒党を組む人」が大嫌い!>
――(大谷):学生や立命のイメージは何かありますか。
(是枝):僕はあんまり自分の大学に行っていなくて、大学生活というのをきちんとキャンパスでは送っていないから比べようがないんですけど。なんだろうな、僕らのころに比べて、みんなきれいだよね。女の子も男の子も(笑)。
(川上):先生自身はあまり大学生活に執着心は無かったのですか?いわゆる大学生活の流れのような、サークルをやってみたりだとか。そういったことには興味がなかったということでしょうか。
(是枝):ない。
(川上):そういう雰囲気は、あまり好きじゃなかったですか。
(是枝):うん。「嫌悪」していました。何でみんな同じなのかと。まだねバブルでそういう時代だったの、80年代って。サークルは夏はテニスで、冬はスキーみたいなことをやったり、みんな同じジャンバーや服を着ていたりして、アホかと思ってました(笑)。
(川上):それは今も変わらないですか?
(是枝):変わらないですね。僕は「徒党を組む人」が大嫌いなんで。と言いながらドラマの現場で同じジャンバーを着ていたりしますけどね(笑)。
だから(集団が)分からなくはないですけど。10代、20代でなにも・・・とは思いましたね。何をしに大学に来ているんだろうと思いましたね。「他にやりたいことないのかな」と思ってた。
(川上):馬鹿にしていましたか?
(是枝):うん。申し訳ないけど馬鹿にしてました(笑)。だから嫌がられた。今、だいぶ大人になったので、馬鹿にしているのを表には出さなくなりましたけど(笑)。
(川上):今でもその気持ちは。
(是枝):ありますあります。だから大学の時もそうだったし、会社に入ってからもそうですけれど、そういう集団の中にいることで、居心地が良くなって、自分一人でいられなくなっている人たちを見ると、軽蔑しますね。それが露骨に出るので、逆に嫌悪されますけど、「輪を乱す」と言われて・・・
<「これだけやっていると腐るな」と思った>
――(阪田):映像制作会社に就職された先生にとって、当時就活で「ここの会社に行って○○をしてやりたいんだ」というように心掛けられたことなどありますか。
(是枝):もともと、どこに入ったとしても30歳までには辞めて、自分でつくろうと思っていたからなあ。それは脚本家になるのか映画にするのかは分からないけれども、(就職試験を)受けている段階ではずっとそこにいようとは思っていなかったから。ほんと偉そうだったんでね。しばらくいてやってもいいかなっていう(笑)、感覚で試験を受けているもんだからどこも受からなくて、残念な結果でしたけど。放送局とかも随分受けたんですけどね。全く箸にも棒にもかからずに。全然めげなかったですけどね、別にいいやと思っていましたけれども。
(阪田):制作会社に就職され、会社ですから組織ですよね。その一員として働かれていたのだろうと思うのですが、その組織の中で個人・自分自身を尊重しつつ働くことが可能であるかどうか、あるいは難しいかどうかということは経験上どうお思いになりますか。
(是枝):可能であり難しいと思います。そんな簡単なことではないと思います。
テレビの制作会社なので、ルーティンとしていろんな雑務があるじゃないですか。自分が必ずしも面白いと思っていない番組のアシスタント・ディレクターとして日々忙殺されるという状況が3年くらい続くので、まずそれに耐えながら、その中でどう自分がやりたいと思っているものを失わずに、それを具体的な行動に移せるかということで、まあ最初の3年が一番しんどい。その段階でやっぱり、さっきとおんなじなんだけど、意外とみんなといると楽しいからね。みんなで番組作って、タレントさんがいたり。終わると打ち上げ行って、みんなでカラオケに行ったりしていると、華やかな業界なので自分もこういう業界の一員になれたんだなっていうふうに思い始めたら、最後(笑)。「自分がやりたいと思っていたこと」は、どんどん何だったんだか分からなくなっていくので。
まあ僕はそういうのにはあんまり参加しませんでしたけど。参加したとしても、家に帰ったあとに企画書が書けるかどうかというのが勝負だと思っていました。
(阪田):それで会社が嫌になって、ドキュメンタリーの方に?
(是枝):会社が嫌になって、ドキュメンタリーというよりは、「これだけやっていると腐るな」と思ったから。だからそれをやらずにどう自分のやりたいことだけをやって、なおかつ組織の中でそれが実現できるかという非常に無謀なことを考えたのでいろいろ軋轢が生まれて、干されたり、叩かれたりしましたけれど。もうやりたいことは明快だったので、そこをどう実現するかということ。だからそれは会社とうまくいかなくなったからやった訳ではなくて、やろうとしたらうまくいかなくなったっていう、むしろ逆なんだけど。
<川が流れていても、何か引っかかるものがある>
――(阪田):先生は作品を企画される時に、例えばどのようなことをきっかけとしてあるいは、基準として、作品のテーマを考えたりされるのですか?
(是枝):基準か・・・。日々生きている中で何か自分の中に引っかかりがあって、留まるものがあるじゃない。いろんな感情だったり、出来事だったり、断片だったりが。川が流れててもさ、何か引っかかって流れていかないものがあるじゃん。それをつまんで見ているとさ、またごみとして流すこともあるし、それが自分の中で残って、なんとなく気になってきて、消えなくなって、もうちょっと考えてみようかなって思いだしたりということを繰り返していると、だんだんそれが種になっていくって感じですね。だから、明快なあれは無いんですよ。アンテナを張って、こういうテーマで社会に対してあるメッセージを送ろうみたいな意識で何かをつくっている訳ではないので。
<やっぱりヨーロッパは「リテラシー」が高い>
――(阪田):もう本当に映画祭などで海外に行かれることが多いと思うのですが、世界と日本の映画はじめ映像の捉え方や、見方、つくり方であったり、あるいは「観る」環境などそういう、映画を取り巻く環境の日本と海外の違いというのはどこにあると思いますか。
(是枝):環境の違いですか。つくり方に関しては、僕は向こうのつくり方を知っている訳じゃないからなあ。見られ方っていうことに関しては、やっぱりヨーロッパは「リテラシー」が高いですよ。観る目が鍛えられているから、子どもの頃から。それは映像教育というのが、やっぱりしっかり学校教育の中に組み込まれていたりするから。特にそれはフランスがそうだけれども。高校、中学の段階で、学校によっては選択で「映画」という授業があるというように。きちんとそれは「どう観るか」という、僕が今この大学でやっているようなことが、高校の段階から(映画を用いて)やられていますしね。そうやって培われたものというのは非常に重要だと思います。もちろんそれだけが観られ方の全てではないんだと思うんだけれども、そういう「観る側」の映像教育に加えて、きちんとつくり手を育てていくという。まあここにも「映像学部」がありますが、(海外では)国立の映画大学というのがちゃんとあって、きちんとそこを卒業すると映画業界に就職口があるというような、そういう形のシステムがあります。特にアメリカとかフランスには。それと日本はだいぶ違うと思いますよ。
それにこの国には「日本映画界」っていうのがないからさ、ちゃんとしたものが。受け皿としてはないね。
(阪田):受け皿がない。それは深刻かもしれないですね。
(是枝):深刻ですね。
あとやっぱり、映画の多様性がこの20年で非常に失われてきています。「公開される映画」はハリウッド映画か放送局が出資をしている連ドラの「〇〇 the movie」ってやつか、漫画が原作のものか、みたいな選択肢しかなくなってきているでしょ。ヨーロッパの例えば、北欧の映画がじゃあきちんと劇場公開されて観られる環境にあるかというと、なかなかないよね。東京でも今、厳しくなっている。そういう意味で言うと、目にする映画の幅が狭まっているということはやっぱり、リテラシーが鍛えられないということなんですよ。
(阪田):そうですね。例えば「ミニシアター」というのもかなり減ってきているとは思うのですが。
(是枝):そういう意味では、非常に豊かな時代を僕なんかは過ごしてしまったので。残念ながら今はそういう状況じゃないから、その中でどういうふうに観る目を鍛えていくのかは大事だと思います。だからこのような授業をやっているのですが。
<「詩はメッセージではない」>
――(阪田):「リテラシー」というように、今回も「ティーチイン」(観客とつくり手が作品について質疑応答を交わす取り組み)をたくさんされているようで、例えば作品にとあるメッセージを込めるということよりかは、受け手が作品をどう観るかということが、大事だと考えられてはいるのでしょうか。
(是枝):それは、つくり手である僕に聞いているんだよな・・・。メッセージを込めるという意識ではつくっていないな。まあメッセージというのはあるんだろうけれど、でもそれは、意識したものしか表現されないのであれば、それは表現としては弱いからね。映画がもし表現だとするならば、そこにはつくり手が意識しないものも含めて表現されている。
つまり「意識下」。意識下は意識されていないわけだから、僕にはわからないじゃない。それは受け手が読み解いていく訳だから、そう言う意味で言うと作品をあいだに挟んで、つくり手と受け手はどっちも大事だけれど、受け手がそこから何を読み解くのかというほうがむしろ、作品のそういう意味では本質に近いかもしれないじゃない。そのことによってつくり手も気付くよね、その自分の意識下の部分を。そしてまた次のものづくりにつなげていくっていう作業をやっていくことがお互いのリテラシーを上げることになるんじゃないですか。昔、詩人の谷川俊太郎さん(1931-)と話をした時に、谷川さんの言っていたことを僕はそのまま今喋っているんだけどね、「詩はメッセージではない」っていう。要するに「詩は自己表現ではない」という言い方をしていて、「自分の中に詩があるのではない」って。詩は世界の側にあって、詩人はその世界の側にある詩を、自分の体を借りて記述するだけだっていう。
(阪田):映画も、それに近いと?
(是枝):と、僕は思っているけど。それは「カメラ」という道具が決して僕を映すわけではないから。「世界を映す」道具なので。そこが小説とはだいぶ違うところだと思いますけど。
<「パーソナル」なことが受け入れられる?>
――(阪田):是枝先生は作品を撮るときに、「誰か特定の個人を想像しながら撮れ」と教えられたとお聞きしています。例えば、映画「歩いても 歩いても」(2008、監督・原作・脚本:是枝裕和、出演:阿部寛ほか)でとある家族が描かれたように、家族という「パーソナル(個人的)」な物語が国内あるいは海外のお客さんに受け入れられたのは大きなことだと思います。「パーソナル」なところは人々に受け入れられうるのでしょうか。
(是枝):必ずしもそうだとは思わないけどね。
でも多くの「ラブソング」っていうのは大体特定の人に向かってつくられているんじゃないですか。
それが全てではないと思うけど。そういうものがある種の「普遍性」を持つ可能性があるってことに、僕も「歩いても 歩いても」という映画の受け入れられ方で気づいた。それが「なぜだ」と言われると、まだ考えているけどよく分からない。
<「クールジャパン」の現状>
――(阪田):「クールジャパン」の現状について思うところがあるようですが
(是枝):「クールジャパン」の何が「格好悪い」かというと、あんな小っ恥ずかしいネーミングと、思想は無いと僕は思っていますよ。西洋人から見て日本人の何が「クール」だろうかということを考えてそれを提示するっていうことは、結局「自分は無い」ってことだよね。要するに「相手に求められる日本」を演じるってことでしょ。
それでもね、世界に通じる可能性はあるよ、きっと。「エキゾチック」つってね(笑)。僕はそれほど格好悪いことはないなと思っているから、そうではない形で、世界に通じるのであれば海外に自分の作品を持っていく意味はあるなと思っているので。「歩いても 歩いても」の形は僕の中で一番それに近い、理想に近い形で広がった作品だから、あのやり方というのを自分なりに分析して、どうしたら無理なく届くかなということは考えようとは思っているけど。
(阪田):「歩いても 歩いても」は、日本の家族をそのまま描いたような作品だなと僕は思っているのですが。
(是枝):だけど、受け取られ方は違ったんだよね。そこが難しいところですよね。
<ユニークな撮影スタイル>
――(阪田):ユニークな撮影スタイルをよく取られていますよね。子役には台本を渡さずに是枝先生が口でセリフを伝えたりだとか、映画の途中のシーンで役者が素で喋ったりだとかいったような。例えば映画「奇跡」(2011、監督・脚本・編集:是枝裕和、出演:前田航基・前田旺志郎ほか)で、まえだまえだの2人はじめ子どもたちが将来の夢について語るシーンがあって、それは子どもたちがまるで普通にお喋りしているところを見るような映像でした。そのようなスタイルで映画を撮るというのはなぜですか。
(是枝):なんか、言わされている子どもが嫌いだから(笑)。あ、台詞言わされてんな、あ、これ家でお母さんと練習したんだろうなっていう芝居ほど嫌なものはないので。どうしたらこの子がちゃんと喋っているように見えるかなっていうことを考えながら、今ずっと試行錯誤をしてる。
(阪田):「そして父になる」(2013、監督・脚本・編集:是枝裕和、出演:福山雅治ほか)の琉晴くん(滋賀県出身、05年生まれの黄升炫(ふぁんしょうげん)が演じた)の、関西弁で「なんで?」っていうシーンにはなんだかすごいなと思ったりしました。
(是枝):ありがとう。まだでも、答えが出ているわけじゃないです。いろいろ試しているところです。
<ヨーロッパの人たちは「作家」で捉えるから全部観たがる>
――(阪田):連続ドラマ「ゴーイング マイ ホーム」(2012 KTV・CX、脚本・演出・編集:是枝裕和、出演:阿部寛ほか)は海外の映画祭で全篇上映されたということですが、なかなか珍しいことですよね(第42回ロッテルダム国際映画祭で黒沢清監督の連続ドラマ「贖罪」(2012)などとともに上映された)。
(是枝):それは僕が大学のときにフェリーニを全部見たいと思ったのと同じように、ヨーロッパの人たちは、映画なり映像なりを「作家」で捉えるから、その監督が撮ったものは全部観ようとするんだよ。だから今だと、黒沢清(1955-)さんとか。黒沢さんのテレビドラマとかもフランスで公開されたりしているし、それはもう映画だろうがテレビだろうが関係ないんだよ。
三池(崇史)さんとか、黒沢さんなどは今ヨーロッパで非常に人気が高いので、そんな感じで受け入れられていますね。ありがたい話ですね。
<映像に関わろうとする人が大学に行くメリットとデメリット>
――(阪田):大学では特に、将来映像及びメディアに関わりたいと思っている人や、若い役者さんでかつ大学に通っていたり、本学の「映像学部」の学生のようなすでに映像・メディアと関わっている人がいると思うんです。そういう人たちが大学に行くというのは、「リテラシー」の授業を先生がされているのを受講できるというように、かなりメリットがあると思うのですが。
(是枝):大学に通うメリットもあると思うし、デメリットもあると思います。ただ多くの国々の映画監督は、ほぼ大学で映画を学んでいます。専門の大学を卒業しているエリートです。アメリカもそうですし、フランスもそうですし、北欧もみんなそうです。大体がエリート。
日本のように、こんな僕みたいにちゃんと映像の勉強をしない人が監督になっていたり、役者の訓練を全く積んでいない人間が主役を演じていたりというのは、非常に特殊なんだよ。
(阪田):海外では、監督や役者さんを目指す人はちゃんと大学や専門の場所へ行くと。
(是枝):そうですよ。韓国だってそうですよ大体。だけど全部がそうなっちゃうことによる息苦しさもあるから。僕も監督と編集と脚本と全部やるけど、例えばニューヨークの映画大学に行ったときに、「どうやって脚本と編集学んだんだ」と言われて、いや「学んでない」って言うと、「学んでないのに何でできるんだ」と言われるんだけど。だけど例えばたけしさん(北野武)なんかまさにそうでしょうけど、全くそういう専門的な教育受けているわけじゃないじゃない。そういう人でも映画を撮れるおもしろさっていう、そこから何かとんでもないものが生まれる可能性っていうのもあるじゃない。その「とんでもないものが生まれる可能性」を摘む場所でもあるから、大学って。だから、メリット、デメリットあると思います。ただ日本の場合はそれを体系立ててきちんと教える大学自体があんまりないから、演劇もそうだけど。それはあったほうがいい。まあ今芸大が始めているけど、非常に貧弱だなと思います。国立の映画大学とか演劇大学というのがあって、きちんとそこで学ぼうと思えば学べる環境は整えないといけないですね。それはやっぱり、やらないといけないなって思っていますけど。
どうもありがとうございました。
―是枝先生プロフィール(産業社会学部事務室提供)―
○是枝裕和(これえだ・ひろかず)…1962年、東京生まれ。87年に早稲田大学第一文学部文芸学科卒業後、テレビマンユニオンに参加。主にドキュメンタリー番組を演出、現在に至る。95年に初監督した映画『幻の光』 が第52回ヴェネツィア国際映画祭で金のオゼッラ賞を受賞。04年、カンヌ国際映画祭では『誰も知らない』の主演・柳楽優弥が映画祭史上最年少の最優秀男優賞を受賞し、話題を呼ぶ。13年の映画『そして父になる』ではカンヌ国際映画祭において審査員賞を受賞した。
□■□是枝裕和監督の主な作品■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□
1991年 フジテレビNONFIX『しかし…福祉切り捨ての時代に』(ギャラクシー賞
優秀作品賞)
2004年 映画『誰も知らない』出演:柳楽優弥、YOU、加瀬亮 他(カンヌ国際映
画祭最優秀男優賞)
2011年 映画『奇跡』出演:前田航基、前田旺志郎、大塚寧々、オダギリ
ジョー、長澤まさみ、樹木希林、橋爪功 他 音楽:くるり
2011年 ミュージック・ビデオ AKB48「桜の木になろう」
2012年 フジテレビ系列連続ドラマ『ゴーイングマイホーム』出演:阿部寛、山
口智子、宮崎あおい、西田敏行 他
2013年 映画『そして父になる』(主演:福山雅治)
*その他、映画、テレビ(主にドキュメンタリー)、CM、ミュージック・ビデ
オ、書籍など活動は多岐に渡る。